士農工商の話
みなさまおはようございます。
いい感じのトピックを思いついたんで連日更新できました。
今日は江戸時代の話なんですけれど「士農工商」の話を少ししようかと思います。
多分日本史とかでみなさま耳にしたことがあると思いますが、まずは用語の説明から始めます。
「士農工商」とは江戸時代にあった身分制度のことです。読んで字のごとく、武士、農民、工業民、商人の順番で身分が高くなっているという意味です。実際に江戸時代に浸透していたのかは現在の研究では懐疑的らしいですけれど。
それはさておき、この考え方は朱子学が元になっています。私の記憶が非常に曖昧なのですが、新井白石という学者の影響なのかと思われます。
この「士農工商」の中で一番私が注目しているのは商人の立ち位置です。
どうして商人が一番立場的に弱いのかというと、商人以外は自分で財を生み出している。しかし、商人は誰かが作ったものを右から左に流すことによってお金を稼いでいるということでよくないのではないのかということでした。
当時はそれが正しかったのかもしれない。表現を変えると時代に即していたのかもしれませんが、今は割と逆になっているのかなと私は考えています。
一応補足しておきますが、身分差別自体は普通に反対ですし、職業に関してもどの職業も重要なことは間違いありません。しかし、私の中での評価が商人的な職が比較的高くなってきているということです。
なぜかというと、まず経済が成熟するに従って市場で取引されている財の種類が膨大になってきているからです。
我々は知っているものしか価値を見いだすことができません。さらに知っているものしか消費することができません。
そういった意味で様々な種類の財を売るという商人的な職は今後重要になってくるのかなと思います。
さらに、グローバル化も一役買っていると思います。
これは先ほどと理由は同じになりますが、やはり世の中知らないことの方が多いのでそれを伝えるというか知らしてくれる商人的な職は重要になってくるのかなと思います。
話は少しそれますが、一つ懸念点があります。消費できる材が多様化していくことの副作用として生産者が増えていくので生産者の得ることができる利潤が分散されて結果的に利潤が減少する可能性が存在しています。
これはレッドオーシャンとブルーオーシャンとかの話と近い感じになるのかなと思います。
話は逸れましたが、今後の消費者、生産者ともに幸福度を上昇させるには商人的な職が重要になってくるのではないかというのが結論です。
今回は以上で終わります。今結構ネタが思いついているのですぐに投稿できるかもしれません。では。
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